「イギリス海岸」は、国指定名勝「イーハトーブの風景地」の一つです。
北上川と支流猿ヶ石川の合流点から南にかけての北上川西岸に、イギリスのドーバー海峡に面した白亜の海岸を連想させる泥岩層が露出することにちなみ、宮沢賢治が「イギリス海岸」と名付けました。
現在は、北上川水系のダム整備による河川管理が進みましたので、北上川の水位が特に下がった時期だけ泥岩層が露出します。
宮沢賢治は、日本の代表的な詩人・童話作家として花巻が誇る人物で、明治29年(1896年)8月27日に花巻で生まれ、昭和8年(1933年)9月21日に37歳のとき花巻で没しましたが、大正10年(1921年)12月(25歳)から大正15年(1926年)3月(29歳)までの約4年3か月の間、稗貫郡立稗貫農学校(大正12年(1923年)4月1日、郡制廃止に伴い岩手県立花巻農学校となる。)の教員を勤めていました。
文学作品「イギリス海岸」は、稗貫(花巻)農学校の夏休みの農場実習の合間に、宮沢賢治が生徒たちを引率して町の人たちの水浴場となっていた「イギリス海岸」を訪れ、校長先生と一緒に北上川で泳いだり
、動物の足跡や炭化した胡桃の化石を発見した際の、生徒たちや町民
や自然との心の交流の経験を基に書かれたようです。
この「イギリス海岸」のイメージは、宮沢賢治の短編作品「イギリス海岸」や、幾篇かの詩や童話に登場するほか、長編作品「銀河鉄道の夜」にも「プリオシン海岸」の名で登場するばかりではなく、「イギリス海岸の歌」という曲まで自ら作詞作曲していますので、ここが宮沢賢治の創作活動に重要な影響を及ぼした場所であったことが分かります。
「イギリス海岸」など岩手県内の多様な風景は、地形・地質に詳しい宮沢賢治の観察眼を通じて科学的に捉えられ、創作活動の重要な基となって独特の自然観・世界観の醸成に大きな意味を持ち、やがて宮沢賢治の心の中における理想の大地としての日本岩手県「イーハトーブ」へとつながっていきました。
宮沢賢治のコーナー
国指定名勝
「 イーハトーブの風景地
鞍掛山 七つ森 狼森 釜淵の滝 イギリス海岸 五輪峠
種山ヶ原 」
宮沢賢治は、理想の大地としての日本岩手県を「イーハトーブ」と名付け、文学作品の中に、その独特の風土を表わす自然の風景地を数多く登場させています。
それらの風景地は、今もなお岩手県内に残っており、宮沢賢治の文学作品を連想させる美しい風景として、多くの人々に愛されています。
宮沢賢治の作風の源泉となったそれらの風景地を保護するため、平成17年3月2日に文化財保護法による国指定名勝「イーハトーブの風景地」が六か所一群で指定され、平成18年7月28日には「イギリス海岸」が追加指定されて
七か所一群となりました。
「釜淵の滝」、「イギリス海岸」、「五輪峠」の3か所は、花巻市内にあります。