花巻城跡本丸内容確認調査の結果をお知らせします

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ページ番号1008666  更新日 平成31年3月8日

花巻市教育委員会では、平成30年度から花巻城跡本丸で内容確認のための発掘調査を開始しました。花巻城の本丸にはかつて本丸御殿が建っており、今年度の調査でその遺構が確認できましたのでご紹介します。調査期間と調査面積は次のとおりです。

期間:平成30年9月18日(火曜)から10月20日(土曜)まで
面積:200平方メートル

写真:調査地
発掘調査の様子(東から)
写真:調査地
空中写真(南側上空から)

花巻城本丸の規模と施設について

花巻城は、盛岡藩の城の一つです。中世には鳥谷ヶ崎城(とやがさきじょう)と呼ばれ、当時花巻地方を支配していた稗貫(ひえぬき)氏の居城でした。花巻城の規模は、南北が最大約500メートル、東西は最大700メートルあります。面積は、約236,700平方メートルです。城には、本丸・二之丸・三之丸の3つの曲輪(くるわ)があり、周囲の外堀と内堀で守りを固めています。このうち、本丸の規模は東西が約190メートル、南北が約90メートルで、面積は約10,000平方メートルです。西側には土橋で連結した小規模な曲輪である馬出(うまだし)が付属しています。馬出と本丸とをつなぐ土橋の南北両面には、野面積(のづらづみ)1の石垣が構築されています。

本丸への入り口の門は2つあります。西側の入り口である西御門(にしごもん)は、本丸への正門です。構造は、発掘調査によって桁行(けたゆき)26.4メートル、梁間(はりま)35.6メートルの礎石建物(そせきたてもの)と判明しています。また、江戸時代末頃の絵図面によれば、2階建ての切妻の櫓門(やぐらもん)4で、門扉は北側に面して開き、左右には石垣が接する枡形(ますがた)5を構成していたことが分かっています。南側の入り口は台所門(だいどころもん)と呼ばれ、花巻御給人(はなまきごきゅうにん)6の本丸への通用門でした。慶長5年(1600)に稗貫地方の旧勢力が花巻城に攻め込んだ際には、台所門の周辺で激しい攻防戦があったと伝えられています。

本丸の中央には御殿がありました。御殿では近世初頭までは城主が生活していましたが、城代が任じられるようになってからは藩主御成りの際に使用されました。また、城代と花巻御給人が執務をしていました。文化7年(1810)の御殿平面図によると、部屋数は約40室があり、延べ床面積は1100平方メートル程度とみられます。
花巻城は、明治3年(1870)の段階で城内不要建物等の払い下げが行われ、明治6年(1873)には岩手県布令により城内建物・石垣・武具等が払い下げられ廃城となりました。この際に本丸御殿も解体されています。

  • 注1 野面積(のづらづみ)とは、拾ってきたままの自然の石を積み上げたもの。ただし、多少削っている場合もある。
  • 注2 桁行(けたゆき)とは、建物の長手方向のこと。
  • 注3 梁間(はりま)とは、建物の短手方向のこと。
  • 注4 櫓門(やぐらもん)とは、上に櫓を設置した二階建ての城門のこと。
  • 注5 枡形(ますがた)とは、敵が城内に進入するのを遅らせるために設けられた四角い空間のこと。城門と一体になっている。
  • 注6 御給人(ごきゅうにん)とは、盛岡藩武士のうちで、盛岡城下以外に在住するもののこと。

 

花巻城本丸に関する歴史的背景

次に花巻城本丸に関する歴史的背景について確認します。文献史料によると、本丸部分には歴史的に見て何種類かの建物が存在していたことが分かります。発掘調査の結果を考える上でも重要な情報なので、ここで整理しておきます。

本丸部分には、かつて瑞興寺があったと伝えられています。天正19年(1591)に稗貫地方が南部氏の支配地となると、南部氏一族の北秀愛(きたひでちか)が8千石を知行して入城します。その際に瑞興寺は現在地へ移ったと言われています。わざわざ寺を移動させたのですから、何らかの理由があったと考えられ、恐らく寺の跡地に建物が建てられたのではないかと推測できます。

次いで北松斎(きたしょうさい)が城主のころ、慶長14年(1609)に屋形を普請したとの記録があります。屋形とは一般に身分の高い人の屋敷のことを言うので、これが本丸内のこととすれば、2度目の建物となります。

そして文化6年(1809)に本丸御殿が大破したために工事が行われ、翌文化7年に工事が竣工したとの記録があります。これが3度目の建物であった可能性があります。これ以降に建替工事を行った記録は無いので、明治6年に解体された御殿はこの建物と考えられます。

なお、北松斎に次ぐ南部政直が城主のころ、盛んと花巻城内で整備が行われたらしく、記録はありませんが、本丸での何らかの建築が行われた可能性もあります。

 

発見された主な遺構

集石遺構 ―本丸御殿の土台跡―

内部に石が多量に入っている穴や、石が集中して検出された地点のことです。全部で18基を確認しました。このうち、直径約1メートルから1.5メートルの円形気味の範囲に石が密に集中しているものが9基ありました。これらは何れも穴の内部に石を詰め込んでいます。同様の形態の遺構は、西御門の礎石跡でも発掘されているので、本丸御殿の土台跡である可能性が高いと考えられます。穴の縁には白色粘土が入っているものも確認され、穴の内部に白色粘土を敷いてから石を入れた可能性が考えられます。集石の中心間の距離が約2メートルと規則的に連続して並ぶ一群も確認されており、これらは同時期の土台跡であると考えられます。

写真:集石遺構
集石遺構
写真:集石遺構
集石遺構
写真:集石遺構
集石遺構
写真:集石遺構
並んでみつかった集石遺構

粘土入り土坑

明黄褐色の粘土が直径約50~70センチメートルの円形に検出されたものです。調査区の北部において南北に2基並んでいました。調査の結果、粘土の厚さは30センチメートル程度で、ボウル状の穴に詰まっていることが分かりました。下の写真の例では、粘土を中心として外側に黄褐色砂礫土が同心円状に分布しています。粘土の部分とは一連の遺構と推測され、外周での直径は約1.5メートルあります。これは、御殿の土台跡と考えた集石遺構とも同規模であることから、同じく土台跡である可能性があります。もしかすると、土台の礎石を抜き取った穴を粘土で埋め戻しているのかもしれません。

写真:粘土入り土坑
粘土入り土坑と周りの集石遺構
写真:粘土入り土坑
粘土入り土坑の断面

整地層 ―大規模な土木工事の形跡―

盛土工事で人工的に作られた地層です。川原石や粘土を含んでいます。今回の発掘調査で検出した遺構は、全てこの層の上面で確認しました。公園の芝生を剥がすと10センチメートルほど下にすぐ現れ、調査区の全域に広がっていました。部分的に深く掘り下げてみたところ、整地層の厚さは50センチメートル以上もあることが分かりました。

整地層の下には黒色の地層が確認されました。これは、花巻城の前段階である鳥谷ヶ崎城時代の地層と考えられます。同様の色調の地層は、過去の発掘で三之丸まで広がっていることが確認されており、中世以前の遺物が出土します。今回の調査でもこの地層の上面付近で西暦1590年前後に作られた瀬戸美濃産の灰釉皿(かいゆうざら)が出土しました。厚い整地層が存在していたことは、鳥谷ヶ崎城から花巻城への移行の過程で大規模な土木工事が行われたことを示しています。本丸周辺の堀を掘削した際の土をかき上げるなどして整地していた可能性が考えられます。

写真:整地層
整地層の断面
写真:整地層
整地層とそれ以前の地層の関係

発見された主な遺物

陶磁器の破片が若干出土しています。比較的古いものとしては、整地層の下から出土した16世紀末の瀬戸美濃産の灰釉皿があります。これは鳥谷ヶ崎城時代のものです。その他には、花巻城時代の肥前産磁器の破片や東北地方産の陶器破片が出土しています。出土量としては、非常に少ない状況です。他には、寛永通宝(かんえいつうほう)や鉄釘が出土しています。釘は、断面が四角い和釘(わくぎ)です。

過去の本丸での発掘調査では、屋根瓦の破片も出土していますが、今回は出土していません。屋根瓦や和釘は、御殿が解体された際の廃棄物である可能性があります。

写真:遺物
整地層でみつかった瀬戸美濃産の皿
写真:遺物(肥前産磁気、擂鉢、寛永通宝、大堀相馬焼、和釘)
近世の遺物

調査のまとめ

今回の発掘調査で、御殿の土台と考えられる集石遺構が検出され、良好な状態で遺跡が保存されていることが判明しました。集石遺構には規則的に連続するものがみられたことから、これらを手掛かりとして、来年度の調査と合わせて御殿の平面位置や規模などについて検討していく予定です。

本丸では、厚い盛土による整地が行われていることが判明しました。盛土による整地は、昨年度まで調査していた本丸の南東側にあたる二之丸南御蔵跡でも確認されていて、花巻城の築城以降に広い範囲で大土木工事が実施されたことが考えられます。来年度の調査でも整地層の状況を確認し、本丸全体の様相を検討していく予定です。

出土遺物は、陶磁器破片・寛永通宝・和釘がありましたが、点数は非常に少ない状況でした。和釘は、御殿解体時の廃棄物の可能性が考えられます。一方、陶磁器が微量であるのは、廃城の際に払い下げ等で無くなった可能性も考えられます。

来年度も本丸での発掘調査を継続して行う計画です。発掘調査成果、文献史料、絵図を手掛かりとして総合的に本丸御殿について検討を重ねて参ります。

遺構配置図

周辺地図

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