【令和3年9月3日掲載】創業100周年・伝統の染物(株式会社伊藤染工場)
創業100周年・伝統の染物
「祭り」のない花巻の初秋
新型コロナウィルス感染症の拡大により、2年連続で花巻まつり、大迫あんどんまつり、石鳥谷まつり、土沢まつりが中止となりました。残念ながら、市内各地で豪華絢爛な風流山車や各団体の神輿が練り歩く様子を見ることが叶わない、寂しい初秋を迎えることとなります。
昨年度、花巻まつりの中止が決定した後に、花巻市内の企業が発起人となって「花巻まつりを勝手に盛り上げる会」を立ち上げ、鳥谷崎神社社務所に「袢纏を展示する」という取り組みが行われました。この袢纏展示の発起人となったのが、「株式会社伊藤染工場」の伊藤純子社長です。
「伊藤染工場」ってどんな会社なの?
伊藤染工場の創業は大正10年(1921年)、今年でちょうど創業100年を迎えました。創業者である伊藤伝蔵氏は、小学校を出たばかりの明治41年(1908年)に、市内にある染物店に丁稚奉公に入り、修行を重ねる中で、自ら心を込めて染めた袢纏を纏った町民が、花巻まつりで神輿を担ぎ、風流山車で練り歩いている笑顔の町民の姿を見て、その笑顔をもっと広めたいと思ったそうです。当時、袢纏は祭りだけにあらず、毎日の作業着として必要不可欠なものでありました。伊藤伝蔵氏は、職人魂と共に毎日の生活に必要な物を作る仕事で人の役に立ちたいと、創業を決意します。
しかし時代は第一次世界大戦後の混沌とした中にあり、東北地方は冬場の仕事が不足することから、出稼ぎをしなければならないほどでした。人を雇う事が出来ればさらに人の役にたてると考えた伊藤伝蔵氏は、樺太まで足を延ばして仕事を増やしていきました。
創業者の伊藤伝蔵氏の想いは二代目・伊藤益吉氏へ引き継がれ、人々の役に立つ製品で人々の笑顔を咲かせる仕事をすることを目標として、伊藤染工場はどんどんと発展していきます。そして、想い・熱意は三代目・伊藤純子氏へと引き継がれ、花巻市内のみならず全国各地の伝統芸能を支え、企業の歴史を育み、地域の文化を守る、お客様の思いを形にする染物屋として、花巻の地に根付いてきました。
「花巻まつりを勝手に盛り上げる会」ってどんな活動をしたの?
伊藤社長が発起人となった「花巻まつりを勝手に盛り上げる会」は、新型コロナウィルス感染症の影響で中止となった花巻まつりが「令和3年こそは開催されるように」と願いを込めて、神輿パレードと山車パレードに参加した団体に袢纏の貸し出しを求め、本来の花巻まつり期間中に鳥谷崎神社に袢纏を展示しました。
「人が密になれないなら、皆さんから袢纏をお預かりし、その袢纏を密にして祭りの期間を過ごせたら・・・。みんなで神輿を担げる日が来るように、来年の開催に向けて思いをつなぎたい」と伊藤染工場の社員が一丸となり行動しました。そんな想いで集めた袢纏は最終的には約140枚が集まり、花巻まつりの雰囲気を市民の皆さんに提供していただきました。
染物に込められている想い
近年、生活様式が変化・多様化してきていますが、袢纏や染物の扱いも時代とともに変化しています。伊藤染工場も時代のニーズに合わせ、様々な製品を世に生み出してきましたが、高度経済成長期の「作れば売れる」拡大志向からバブル崩壊を経て、高い品質の製品を作ることに力を入れるようになります。
時代が変化する中でも、地域に根差した郷土芸能やお祭りは脈々と受け継がれ、日本人の心の支えになっています。東日本大震災で被災しながらも、すぐに立ち上がって祭りや生業を復活させた沿岸の方々は、「祭りは続けなければいけない。子供達の思い出を途切れさせてしまうと、帰る場所を失ってしまう」、「大漁旗が家と一緒に流されてしまった。あの旗が無いと漁に出られない。」との想いをお持ちだったと、伊藤社長は当時を振り返ります。袢纏や大漁旗に込められた想いや、様々な職業の方々や団体の方々の歴史、その歴史を形作る暖簾や袢纏の製作依頼を伊藤染工場の皆さんは目の当たりにして、自分たちの仕事の重要性を学んだといいます。
伊藤染工場に訪れるお客様が必要としているのは、単なる「染物」ではないと知った時から、お客様の「想い」を染めることが、伊藤染工場の目指すものとなりました。「笑顔になること」、「元気になること」、「勇気をもらうこと」、「歴史を繋ぐこと」といった様々な「想い」を染めさせて頂いている縁に感謝し、お客様の笑顔をつくり出すことが、全従業員の願いとのことです。
伊藤染工場の仕事とは
伊藤染工場の仕事は、お客様の声に耳を傾け、その言葉の先にある、大切な想いを感じるところから始まります。想いを感じて浮かび上がったデザインが、職人の手を経て布の上に糊で描かれていきます。染めの工程で無色の布に、染料の一色一色が刷毛にのり、時には繁盛を願い彩り鮮やかに、時には伝統の歴史を厳かに、誰が使うものなのか、どんな人に贈られるものなのか、ひとつひとつの工程の中で、その想いを布地に込めて染め上げていきます。取材当日も、岩手県内のみならず、鹿児島県や宮崎県、愛媛県など全国各地からの依頼に対応していました。
伊藤染工場で行われる主な工程は、下記のとおりとなります。
(1)デザイン
伊藤染工場の製品は、全て手染めで染め上げます。まずは、お客様のイメージしているデザインを伝えていただきながら、そこに「どんな想い」があるのかを聞き取っていきます。お客様がお持ちのエピソードなども、ぜひ聞かせていただきたいとのことです。
伊藤染工場では聞き取ったイメージをもとにオリジナルデザインを作成し提案します。そうしたデザインをはじめ、お客様から届いたデザインも忠実に染め上げていきます。現在はパソコンでデザインを作成し、プロッターで型を彫りますが昔は手書きで絵や文字を書き、それを彫刻刀で一から彫っていたとのことです。昔の型も擦れや細かい線の一本に至るまで、非常に精密に作成されているのが驚きです。
(2)糊置き
もち米で作った糊に防染剤を入れ、布地に糊置きを行います。置いた糊には乾燥や糊移りを防ぐ為におがくずまたは砂をかけるそうですが、どちらを使うかは地域や染物屋によって違うようです。
引染の糊置きには、布地にデザインの型紙を乗せて白く抜きたい部分に糊をヘラで置く方法と、円錐形の筒袋で下絵に沿って文字や模様を描く筒引きという方法がありますが、現在はヘラで置く手法が主流とのことです。
(3)染め
染め方には、染料の中にどっぷりと浸けて染める「硫化染(りゅうかぞめ)」、絵を描くように何種類もの刷毛を使って染めていく「引染(ひきぞめ)」、色ごとに型を置いて生地に色糊を染付ける「手捺染(てなっせん)」の手法があります。
伊藤染工場は、仕上がりにこだわり、「伝統の染め技法」を感性豊かな若い職人に繋げています。
「硫化染」
60度から70度の染料溶液に、2分から5分ほど浸けて染め上げる手法です。硫化染は使うほどに程よく色が抜け、独特の風合いを増していくのが特徴で、日本の職人の心意気とともに長く愛用される仕事着に使われてきました。伊藤染工場では、伝統の帆前掛けや消防半纏を、この硫化染で染めています。染料溶液に浸けた後は、布地をゆっくりと引き上げたのち、染色ムラをおこさないようにすばやく生地を広げて空気酸化させます。染料溶液は酸化すると色が鮮やかになることから、空気酸化は硫化染には大切な工程です。硫化染の濃い色と白く抜かれた生地の鮮明さは、職人の絶妙なタイミングが活かされます。
「引染」
刷毛に染料を染み込ませて布を染め上げる手法です。旗やのぼりのように、大きな刷毛を使って一気に1色に染め上げる方法と、大漁旗のように色ごとに刷毛を使い分け細かなデザインで色鮮やかに仕上げる染め方があります。
「手捺染」
手ぬぐいや、袢纏などに使われる染め方で、カッティングした型紙を型枠に貼り、染料を流しこんで型枠の上をスキージを使って染め上げていきます。多色染めの場合は、色ごとに型を作り、色ごとにスキージングして染め、その後に100度の蒸気で蒸し上げ染料を固着させます。
(4)洗う
染物を綺麗に仕上げるために、大切な工程のひとつが「洗う」ことです。伊藤染工場では、お客様のお手元に届いたときの布の手触りを大切に思い、何度も布地を洗います。
洗い工程では、糊置きした糊を落としたり、余分な染料を洗い流したりするため、流水で洗っていきます。工場内に昔からある小さな川も大切な洗い場として重宝しているとのことです。布目に残った染料を洗い流すために、自動水洗機を使用するなどして何度も布地を洗っていきますが、洗う際には布地を傷めないよう丁寧に扱うことも忘れません。
引染や硫化染の場合、洗う事により糊があった部分は色が付かず、布地本来の白色が現れますが、色鮮やかに染め上がった反物が水の中から浮かび上がってくる時は、心が引き込まれるといいます。
(5)乾燥・仕上げ
染め上がった反物は、天気のいい時は天日干しにして、太陽の暖かさと自然の風を当てて乾かしていきます。天候の悪いときや、急ぎの場合は室内乾燥もしますが、やはり天日干しにしたほうが反物も気持ち良さそうだといいます。乾燥させるときは、張手(張木)で反物を引っ張り、シワを伸ばすようにして乾かします。乾燥後にそれぞれの製品に合わせて、縫製して完成となります。
取材当日は、染色と乾燥の作業は残念ながら終了していて、写真を撮影することはできませんでしたが、反物が太陽の光を浴びて揺らめく姿は非常に圧巻だと、笑顔で伊藤社長は語ります。
伊藤染工場おすすめの逸品
伊藤社長におすすめの逸品を伺いました。
「コロナ禍でお祭り用品の需要が少なくなったことを受けて、社員と開発した逸品」とすすめられたのが、宮沢賢治の言葉「世界がぜんたい 幸福にならないうちは 個人の幸福はあり得ない」が染め上げられた風呂敷。東京2020オリンピックの閉会式で、「星めぐりの歌」が披露されたのは、記憶に新しいですが、「このような世の中だからこそ、宮沢賢治の言葉は心に響くと思います」と伊藤社長は語ります。さらに、「星めぐりの歌の歌詞を染め上げるのも良いかもしれませんね」と、新たな商品のインスピレーションが早くも湧いてきていました。
伊藤染工場の魅力とは
伊藤染工場で働く従業員のお二人にも、お話を伺ってきました。
石鳥谷町在住で、2年前に入社した高橋杏花さん。入社のきっかけは、「モノづくりにかかわる仕事がしたい」と企業を探していたところ、伊藤染工場が目に留まったとのことです。「2016年のいわて国体に関する仕事をしていましたが、その際に伊藤染工場の作成した袢纏や選手用記念品のシューズバックが記憶に残っていて、地元の企業でもこんなすごい製品を作ることができるんだと思い入社した」と語る高橋さんは、現在、デザインに携わっています。
高橋さんからは「日常使いができるから」ということで「手ぬぐい」をおすすめされましたが、伊藤染工場の作る手ぬぐいは、普通の手ぬぐいではもちろんありません。「伝統の手染めにこだわったほか、生地も愛知県知多地域で400年前から紡がれてきた上質の「知多木綿」を使用するこだわりが特徴」と語る手ぬぐいは、生地にも柄にも職人の遊び心と技術を込め、従来の手ぬぐいとは少し違う「異端」と感じる製品であることから、「伊反/いたん」と命名され販売されています。
「手ぬぐいは吸水性が高いのに、乾くのが早い。夏の暑い時期はタオルの代わりとしても使えますし、生活の一部として様々な場面で使用できるのが良い」と、話を聞けば聞くほど、日本古来より使われてきた手ぬぐいの使い勝手の良さを、改めて思い知らされます。
大船渡市出身で秋田公立美術大学を卒業し、昨年4月に入社した阿部晶絵さん。
「大学ではデザインについて勉強していましたが、授業で染色について学び、染色も面白いと思うようになりました。デザインも染色もしてみたい」という思いから染物屋を就職先として探していたとき、伊藤染工場を見つけたとのことです。「今の時代に袢纏だけではなく、神社ののぼり旗や幕も手作業で染めていることに衝撃を受けました。歴史好きな私は、創業から100年続いているという歴史も魅力的です」と語る阿部さんも、現在はデザインを担当されています。「染物は伝統ある製品と認識されがちなので、若い方向けに柄や色をこだわった製品を作ってみたい」と将来を見据えています。
阿部さんのおすすめは手ぬぐいをハンカチに加工した「手ぬカチ」という製品。「新型コロナウィルス感染症の拡大で、手洗いをする回数が増え、ハンカチがなかなか乾かないということが多くなりました。吸水性・速乾性に優れた手ぬぐいを加工した「手ぬカチ」なら、手洗いのたびに不快になることが少なく、がんがん使用することができます。また、最初のうちは白い衣類等との洗濯を避けるなど注意深く洗濯していただければ、洗濯機での洗濯も可能ですので、衛生面でも問題ありません。」と、コロナ禍で需要が高まっている製品をご紹介いただきました。「一部の製品には布の四隅に紐をつけることで、カバンの中からでも探しやすいうえに手に取りやすく、さらには何かに引っ掛けることで乾かしやすくしました。色も豊富で毎日使い回せます」という手ぬカチには、利用者に対する伊藤染工場の細かな心遣いが伺えます。
最後に
伊藤染工場は、花巻の地で創業100周年を迎え、地域と共に発展してきました。日本伝統の袢纏、手ぬぐいなどは肌触りがよく、汗や水に濡れても色落ちすることなく、長く使えば布とともにその色もまた味わいが出てきます。それはお店の看板となる「暖簾」や、大漁を祝う「大漁旗」なども同様で、商売や仕事の中でもその風合いと彩りを添えてきました。
近代化が進む中で染物には、染料の代わりにプリントで仕上げる製品も出てきています。プリント仕上げが台頭してきている中でも、伊藤染工場では手間を惜しまず、職人としての誇りを持って、プリントにはない本染めの良さを追求し、染物と日々向き合っています。「日本の伝統や文化を守っていくためにも、日本人の肌に記憶の残る染物の風合いと肌触りを後世に残すことが重要です。染物屋として、染物の技術を受け継いでいく使命があると思っています。」と語る伊藤社長。伊藤染工場では伝統の染物屋として、「想い」を込めて、丁寧に、大切にこれからも布を染めていきます。
企業情報
株式会社伊藤染工場
花巻市藤沢町391
0198-24-3348
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