花巻の遺跡(28)「花巻城跡」その4を紹介します

印刷大きな文字で印刷

ページ番号1017499  更新日 令和4年11月24日

花巻の遺跡紹介(28) 花巻城跡その4

遺跡の概要

所在地

花巻市城内・花城町・仲町

花巻城跡の遺跡範囲です
花巻城跡遺跡範囲

花巻城跡(はなまきじょうあと)は中世(ちゅうせい)~近世(きんせい)の花巻(はなまき)を語(かた)る上で欠(か)くことのできない貴重(きちょう)な遺跡(いせき)です。これまで、住宅建設(じゅうたくけんせつ)や内容確認(ないようかくにん)に伴(ともな)う発掘調査(はっくつちょうさ)が32回行われており、また堀跡(ほりあと)の規模等(きぼとう)を探(さぐ)るために地中(ちちゅう)のレーダー探査(たんさ)を6回実施(じっし)しています。この他に開発前(かいはつまえ)の試掘調査(しくつちょうさ)や立会(たちあい)などでも遺構(いこう)や遺物(いぶつ)が見つかっています。

今回は、三之丸跡(さんのまるあと)の調査内容(ちょうさないよう)について紹介(しょうかい)します。 

向鶴紋が施された軒丸瓦です
向鶴紋 軒丸瓦(平成21年度調査)

解説

三之丸(さんのまる)跡は城跡の南端(なんたん)にあり、東西(とうざい)約600~×南北(なんぼく)約100~220メートルの規模(きぼ)です。舘小路(たてこうじ)(現在の鳥谷崎神社(とやがさきじんじゃ)から裁判所(さいばんしょ)まで)と呼ばれた三之丸を東西に貫(つらぬ)く道路が通り、その南北両側には「花巻御給人」(はなまきごきゅうにん)の武家屋敷(ぶけやしき)が配(はい)され、敵の侵入(しんにゅう)を防いでいました。

現在の三之丸は住宅や公共施設(こうきょうしせつ)など後世(こうせい)の建物が多く集中していますが舘小路を挟(はさ)み松川(まつかわ)家と伊藤(いとう)家の2軒の武家屋敷が残り、往時(おうじ)の雰囲気(ふんいき)が感じられます。

三之丸では、これまでに個人住宅建設やレーダー探査(たんさ)などで22回の調査が行われています。先述(せんじゅつ)のとおり三之丸には武家屋敷が建ち並んでいたため、調査をするたびに多くの柱穴が見つかります。25次調査(戸田本蔵屋敷跡)(とだほんぞうやしきあと)では、柱穴が500基(き)以上と井戸(いど)跡2基・溝(みぞ)跡3条(じょう)などが見つかりました。遺物は様々な産地(さんち)の陶磁器(とうじき)やいぶし瓦(がわら)と呼ばれる表面が灰色の瓦、釘(くぎ)・古銭(こせん)などの金属(きんぞく)製品、漆椀(うるしわん)なども見つかりました。井戸跡からは、南部氏(なんぶし)の家紋(かもん)である向鶴文(むかいづるもん)が施(ほどこ)された軒丸瓦(のきまるがわら)が見つかりました。軒丸瓦は南部氏の居城(きょじょう)であった盛岡城(もりおかじょう)でも出土しています。

花巻城跡シート4-1

花巻城跡シート4-2

PDFファイルをご覧いただくには、「Adobe(R) Reader(R)」が必要です。お持ちでない方はアドビシステムズ社のサイト(新しいウィンドウ)からダウンロード(無料)してください。

より良いウェブサイトにするために、ページのご感想をお聞かせください。

このページの内容は参考になりましたか?
このページの内容はわかりやすかったですか?

このページに関するお問い合わせ

花巻市総合文化財センター
〒028-3203 岩手県花巻市大迫町大迫第3地割39番地1
電話:0198-29-4567 ファクス:0198-48-3001
花巻市総合文化財センターへのお問い合わせは専用フォームをご利用ください。