花巻の遺跡(27)「花巻城跡」その3を紹介します

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ページ番号1017286  更新日 令和4年9月28日

花巻の遺跡紹介(27) 花巻城跡その3

遺跡の概要

所在地

花巻市城内・花城町・仲町

花巻城跡の遺跡範囲です
花巻城跡遺跡範囲

花巻城跡(はなまきじょうあと)は中世(ちゅうせい)~近世(きんせい)の花巻(はなまき)を語(かた)る上で欠(か)くことのできない貴重(きちょう)な遺跡(いせき)です。これまで、住宅建設(じゅうたくけんせつ)や内容確認(ないようかくにん)に伴(ともな)う発掘調査(はっくつちょうさ)が32回行われており、また堀跡(ほりあと)の規模等(きぼとう)を探(さぐ)るために地中(ちちゅう)のレーダー探査(たんさ)を6回実施(じっし)しています。この他に開発前(かいはつまえ)の試掘調査(しくつちょうさ)や立会(たちあい)などでも遺構(いこう)や遺物(いぶつ)が見つかっています。

今回は、二之丸跡(にのまるあと)の調査内容(ちょうさないよう)について紹介(しょうかい)します。

南御蔵跡出土の焼けた土壁と炭化米です
南御蔵跡出土 焼けた土壁と炭化米(平成29年度調査)

解説

二之丸跡(にのまるあと)は城内(じょうない)の中央に位置し、東西(とうざい)約360メートル×南北(なんぼく)150~200メートルの規模(きぼ)です。二之丸には城代屋敷(じょうだいやしき)の御役屋(おやくや)、稽古場(けいこば)や年貢米(ねんぐまい)を保管する南御蔵(みなみおくら)など公的(こうてき)な施設(しせつ)が集まっています。


これまでに内堀(うちぼり)の位置確認のレーダー探査(たんさ)や南御蔵の内容確認調査など計5回の調査が行われています。南御蔵の調査では、本丸跡でも確認されたものと同様の建物の土台跡(どだいあと)が発見されています。また焼けた土壁(つちかべ)の破片や炭化米(たんかまい)も見つかりました。


盛岡藩(もりおかはん)の家老(かろう)が記(しる)した日誌(にっし)『雑書』(ざっしょ)によると、享保(きょうほう)6年(1721)の3月末に城下町(じょうかまち)で火災(かさい)が発生し、町屋(まちや)や武家屋敷(ぶけやしき)、蔵(くら)などが消失(しょうしつ)して非常に大きな被害(ひがい)が発生したと記されています。検出(けんしゅつ)された遺構(いこう)や焼けた厚手(あつで)の土壁、炭化米などからみて、昔の絵図(えず)にある南御蔵がこの位置に存在し、また火災の被害が及(およ)んでいることが確認されました。


この発掘調査により文献史料(ぶんけんしりょう)に記載(きさい)された内容が裏付(うらづ)けられ、大変貴重な調査成果(せいか)となりました。

花巻城跡シート3-1

花巻城跡シート3-2

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〒028-3203 岩手県花巻市大迫町大迫第3地割39番地1
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